自然を師とした新しい自然運動
稽古場風景の一コマ
①練習はその都度、何をやるかという一つの目的によってはじまる。
②その目的、すなわち動きは果てしなく変化発展し、また創造されてゆく。
③その瞬間瞬間に創造することに喜びをもたなければならない。
④どんなに巧みに動いても、感情のない動きはロボットにすぎない。
⑤ある時は悩み、ある時は喜び、ある時は叫び、感情のままに自由動いてみることに意義がある。
⑥意味なく同じことを一律に強いるのは無駄である。
⑦各個人の極限をこえることは奴隷にムチ打つに等しい。
⑧各個人の心身をみきわめて、適応した導きでなければならない。
⑨そこには常に愛情と、明るさと、楽しさがなければならない。
⑩与える人は常に研究と反省と謙虚さと自信がなければならない。
⑪与える人は豊富な泉でなければならない。
⑫この泉は乾いてはいけない。
⑬既成のもの、またはそれに類似したものを与えることは簡単で安易である。
⑭なぜならそこには創造と飛躍が存在しないから。
⑮破壊するだけなら簡単である。
⑯“なぜ″ということに悩み、苦しみ、そして生涯をかけるべきである。
⑰新しいものには必ず理論がなければならない。
⑱新しいものには冒険と、危険と、不安がともなうからである。
A.舞踊は音楽にも歌にも不随するものではない。
B.それはまぎれもなく独自性をもつものである。
舞踊は肉体で表現する魂の叫びである。
宮操子(現代舞踊家)
1.ドイツ、ドレスデンのマリー・ウィグマン学校に入学し、在学中ベルリン、バッハザールで舞踊公演し、好評を博す。間もなく第二次世界大戦勃発。
2.戦争状態悪化し、帰国。舞踊を以て教育界全体に新風を起こし、教員育成に尽力する。
3.戦中は、数回、大陸、シンガポール、マレーシア他ビルマ最前線に従軍する。
4.戦後間もなくマッカーサ司令部より、教員資格認定書授与される。
5.昭和25年、舞踊理論い対し、文部大臣賞を授与される。
6.昭和26年、舞踊「プロメテの火」に対して、文部大臣賞授与される。
7.昭和40年、日本大学講師になる。
8.平成7年、戦後50周年記念として、「従軍記」を発表した。
9.平成9年、自然が生み出した感動の人間の動きの源流「動の美」出版。